筆者の評論

映画「アナザーラウンド」鑑賞・レビュー

トマス・ビンターベア監督。マッツ・ミケルセン主演の映画「アナザーラウンド」を鑑賞したのでレビューする。

※僕のレビューはネタバレを含む場合があります。興味のある方のみご一読ください。

マッツ・ミケルセン演じる主人公「マーティン」は、変わり映えのしない日常に心身ともに荒廃していた。妻とはすれ違い、務めている高校でも”つまらない教師”と思われ、試験を前にした生徒たちのモチベーションを下げてしまう始末。「こんなはずではなかった」。マーティンは友人の誕生会で、自由を謳歌していた若い頃の自分と今を比較し涙を流す。同じ高校で教師を務める3人の友人は、そんなマーティンの姿を見兼ねて「血中アルコール濃度を一定に保つと仕事の効率が良くなり想像力がみなぎる」という理論を検証することになる。初めは授業も夫婦仲も、マーティン含める4人は最高の結果を出していくのだが、欲が出た4人はアルコール度数を上げていき……。

映画「アナザーラウンド」あらすじ

人生をより豊かにするため、理論の検証という体裁を整え裏技「お酒」を酷使し、泥沼に溺れていく愚かな人間像が表現された映画。登場人物がアルコール依存症に陥っていく姿を観ていくうちに、いつの間にか映画に観客の魂が奪われ「ほらな」「やっぱりね」「言わんこっちゃない」「それでこれからどうなるねん」といった憤りを僕らに感じさせる。課題→上昇→失敗→復活と、人間の感情曲線を見事になぞって作られている作品だった。

主人公を筆頭とする4人の登場人物たちは、人生に満足感を得ていない人間ばかり。子供の頃は無条件でリミッターを解除できていた感情も、社会にがんじがらめにされて大人となった4人には当時のようには振る舞えない。本当は理論の検証などどうでもよくて、蓋を開ければ”タカを外したかっただけの大人たち”だと開始早々すぐにわかる。随所に、検証の記録がタイプされていく演出が存在するが、あまり理論を掘り下げていないことから察するに、物語においてさほど重要な情報ではないということだろう。

刺激を求め、すでにあるものを見失う人間特有の欲に忠実な姿が実に滑稽に描かれており、観る人に「失ってはならないもの」を再確認させるよう綿密に脚本が構成されている。常に酔っていると人生うまくいく?というテーマは、読んで字の如く”お酒で酔う”という捉え方もできる(作中ずっと飲んでるからお酒でも間違いはない)のだが、このテーマの本質は「自分に酔ってもいい」「自分に自信を持て」という啓発的なメッセージも含まれてあると感じた。「お酒」と「自己愛」が上手く掛け合わされていて、どちらも”酔いすぎると良いことがない”のは共通したデメリットだと思ったからだ。

もう一杯だけ……もう一回だけ……

上記のような欲は得てして最悪な結果をもたらしている。劇中「そこでやめときゃよかったのに……」と何度も思わされるのだが、これも脚本と監督の思う壺なのだろう。依存がどれほど怖いことになるのか、思い知らされる作品だった。

少し気になったのは、小さな町であるにもかかわらず、泥酔する4人の噂や目撃情報が最後まで学校側に伝わらなかったことだ。中盤終盤と、飲酒をしていることがバレそうになる冷ややかなシーンはあったものの、結局は何事もなく、裁かれるような展開は訪れなかった。検証で過度に飲酒していたことで家族仲が破綻することはあったが、どうせなら教師を辞めさせられるなど、人生そのものがどん底に突き落とされていた方が現実的だったと思う。ラストの再起もより際立っていたかもしれない。

キャッチコピーに「人生の祝杯を」と書かれているが、自分に祝杯をあげられる人間はどのくらいいるのだろう? 僕も人に言えた立場ではないが、大半の人間が自分に厳しくあたってしまっているのではないだろうか。アナザーラウンドは、お酒に依存した男たちが人生逆転を狙う物語だった。適量を摂取することで、彼らの授業も上質なものとなり、生徒との交流も順調に進んでいく。しかし、作中彼らが発揮する力は、もとより彼らがすでに持っていたものだ。つまり、初めからお酒に頼らなくても実現できた姿なのだ。

大切なのは、できない自分を悲観的にみることではなく、できない自分を受け入れること。肯定することで、ありのままの自分なら何ができるのかを冷静に思案することができる。そうして新たに始まり、次の人生に向けてステップアップしていくのだ。

どの生き方が正解かは哲学者でもわからない。ただし人間には道徳という素晴らしい基準値が存在する。人によって個人差はあるだろうが、それこそある程度の道徳(適量)さえ押さえておけば、社会のレール上を走ることも問題ではない。幸福への近道に裏技なんてない。そう思わせてくれる映画だった。

検証(飲酒)を続け、身をもって失敗を経験することで、彼らは次第に本質に気がついていく。ある者は愛を伝え、ある者は平凡に、そしてある者は……登場人物それぞれが見出した結論に、あなたの答えと一致するものはあるだろうか? ぜひ、皆様もご鑑賞いただきたい。

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