日誌

真の世界

「この世界で最も理解しがたいことは、この世界が理解できるということである。」

アルベルト・アインシュタインが残した名言の一つだ。

 

この世に存在する各現象、事象は

ある程度、数学で答えを導き出せるものばかりだ

宝くじで3等が当たる確率も

実は専用の計算式を使えば”当てにいく”ことができるらしい

 

現に、知人にそれで当てた人物がいる

是非とも、僕のために人肌脱いでほしいところだ

 

さて、問題はこの”数字でわかる”点だ

 

アインシュタインが説いているのは(あくまでも個人的な憶測だが)

この星が人の作ったものでないのならば

なぜ、その仕組みを数字で表現できてしまうのか?

といったところだと思っている

 

ゲームの世界であれば簡単なことだ

経験がないから詳しくはわからないが

そこには緻密に計算されたあらゆるコードが展開され

土地、キャラクターとして誕生している

それは天才・努力家たちの脳による賜物だが

ゲームの世界だから当然の仕組みであろう

 

では、もしもこの世界が、仮想現実だとしたら?

アインシュタインの言う、天才たちが理解できる点も納得がいく

むしろこの説が本当であるのなら話が早い

 

僕らは既に誰かが作った仮想世界で

知識を持ったAIとして暮らしており

そのAIである僕らが、新たな仮想現実を作り

その中でAIが作ったAIが誕生し、新しい世界で生活していく

僕らを作り出した研究者、いわゆる、神々は

なんらかの目的のもと、常に僕らを監視し

その成果のレポートを続けている

 

パラレルワールド、多元宇宙論は

もしかするとこういった原理でできているのかもしれない

つまり、いくつもの仮想現実が仮想現実を作り

一つのサーバーを共有しているのだ

 

そして、そのすべての情報を保管しているサーバーこそが

オカルトでも囁かれている「アカシックレコード」の正体だ

全宇宙の歴史を記録していると言われる、宇宙の図書館のことである

そこにアクセスできる者もいると聞くが、本当かどうかは定かではない

 

これらの話をすれば

まず変人扱いされるか鼻で笑われ

運が悪ければ精神病院行きだろう

 

アインシュタインを真似るようで大変恐縮ではあるが

僕にも最も理解できないことがある

 

それは、この地球上で計算によって発信された情報

教科書に載っているあらゆる歴史を

疑わずに信じている人間が全体の8割をしめていることだ

なぜ、そのエビデンスを信用することができるのだろうか

 

地球の約95%が深海と言われている

それが意味するのは、地球の約6.5割はまだ何も解明できていないということだ

にも関わらず、地球の内部にはマントルがあるなど

科学者、研究者たちは数字を頼りに様々なエビデンスを

発信し続けている

 

もっと言えば

自分たちの住んでいる星のことすらわからないのに

地球外、宇宙、別の惑星のことまで推測している

 

事実は小説よりも奇なり

 

この言葉が意味するとおり

真実は、まさに映画やアニメで

起こっているようなものだ

 

僕らはなぜ、国や世界が提示した情報を

最も簡単に信じてしまっているのか

 

メディアや権力者、芸能界、お金…etc.

 

以上のエゴによって生まれたものが

大衆真理の舵を握っているように思えてならない

 

しかし世間は、僕のような発言者を

陰謀論者としてパッケージングし

残りの8割にサンドバックとして提供している

 

アメリカでは、たびたび裏社会

裏政治をテーマにした実話を映画にして公開している

 

おいおい、こんなの公開してよく殺されないな……

 

なんて思ってしまいそうになるが

これこそが狙いだとしたらどうなるか?

 

つまり、公にすることによって

その事実が嘘なのか真なのかわからないようにしているのだ

こうなったとき、人類は必ず二分する、信じる者とそうでない者だ

中立というイレギュラーも中にはいるが

この世はどこか、グレーゾーンを生きる人間を許さない節がある

 

多くの嘘の中には必ず真実も混ざっている

 

そうして何が本当のことなのかわからなくなり

人は信頼のおける人物の情報だけを信じるようになった

それが現代社会における、コミュニティービジネスに発展したものと推測される

 

世界は嘘をつきすぎた

そしてきっと、これからも嘘をつき続けるだろう

 

アポロ11号は月に行ったのか

宇宙は本当にあるのか

月は人工物ではないのか

地球外生命隊の有無

未確認生物の有無

地底世界の真実

メディアを利用した洗脳社会

大衆を操作する政治劇場

深海の謎

 

オカルトと呼ばれる世界の謎は

パンドラの箱である

 

嘘か真かわからないことを想像し

楽しく議論を繰り広げている状態の方が

よっぽど幸せなことなのかもしれない

 

知らぬが仏

 

鶴の恩返しや、大物主とヤマトトトヒモモソヒメの恋物語のように

決して見てはいけないことがこの世界にはあるのだろう

神話や御伽噺は、権威を示すツールであるとともに

僕たち人類に向けた一種の警告がなされていると思う

 

それでも、僕はその箱を開けてみたいという

愚かな期待を捨てることができない

 

せっかく生まれてきたのだから

住んでる星のことを知りたいと願うのは

至って普通のことである

 

しかし、また思うのだ

「普通ってなんだろう?」

……と

-日誌