広告 筆者の小説・詩

ショートショート「大きな川の渡りかた」著者 MAGUMA

 目の前には、大きな川がありました。それはそれは大きな川で、流れが早くなったり遅くなったりしっちゃかめっちゃか。とても泳いで渡ることはできません。川の向こう側を夢見る旅人たちは、我こそはと立ち上がり、大きな音を立てて流れ続ける大自然の力へと挑んでいきましたが、誰一人として渡れた者はいませんでした。

「あんな川、渡れっこない!」
「挑戦する奴は相当なバカだぜ!」

 誰もが諦め馬鹿にしていく中、一人の少年が現れます。少年は曇りのない瞳で川の先を見据え、勇猛果敢に言い放ちました。

「やってみないとわからないじゃないか!」

 好奇心旺盛な少年は、両親の反対を押し切って、遥々この大きな川までやってきたのでした。向こう側に抑えきれない憧れを抱く少年の心には、野次馬たちからの嘲笑などどうってことありません。でも、いざ大きな川を目の当たりにすると、途端に自信がなくなってしまいます。話に聞いていたよりもとても大きく、圧倒的な存在だったからです。

「やっぱり……帰ろうかなぁ」

 少年の頭の中では、川によっていとも簡単に流されている自分の姿がありました。もしかすると死んでしまうかもしれない。挑戦しない他の人たちの声に翻弄されて、たちまち恐怖で震え上がってしまったのです。

「だめだだめだ! 諦めないぞ!

 しかし、ここで引き下がるほど、少年の決意は弱くはありません。気持ちを切り替えて、少年は何かいい方法はないかと周りを見渡すことにしたのです。
 すると、他にも数人の人影が忙しなく動き回っていました。少年と同じように、川の向こう側を目指す旅人たちが集まっていました。

「あ、そうだ!」

 少年はひらめきました。川を渡る方法を見つける前に、先に挑戦している先輩たちに話を聞いてみることにしたのです。もしかすると、何かいい方法が見つかるかもしれません。少年は、さっそく一人目の『青い服の旅人』へ駆け寄り、話しかけました。

「すみません」
「おお、どうしたんだい」
「おじさんは、何をやっているの?」
「何って、見たらわかるだろう? 橋を作っているんだよ」

 青い旅人は、たった一人で橋を作っていました。けれど、一人だけしかいないせいか、作業はまったく進んでいません。

「この橋は、いつ完成するの?」
「さぁ、いつかな。でも時間をかけてでも、必ず完成させてみせるさ!」

 青い旅人がそう言ったとき、近くにいた赤い旅人が、大きな声で叫んできました。

「よーう! 青い旅人のおじさんよ! そんな調子じゃいつまで経っても完成しないぜー! 俺たちみたいに、仲間と一緒に作ってみなよー!」

 声が聞こえてきた方向を見ると、そこには赤い旅人とたくさんの仲間たちが、力を合わせて橋を作っていました。チームで作っているからか、青い旅人よりも随分と作業が進んでいます。

「うるせぇ! 俺は一人でやるんだよ!」

 青い旅人は大声で怒鳴りました。赤い旅人とその仲間たちはどこか残念そうにしながら、それぞれの作業へと戻って行きました。

「みんなで力を合わせたら、もっと早く完成しそうなのになぁ」

 少年は、一人寂しく橋を作る青い旅人を見ながら、すぐにその場から立ち去りました。

 次に出会ったのは、物陰に隠れている黒い旅人でした。怪しげな黒い旅人は、ただ何もせず、じーっと川を見つめています。不思議に思った少年は、思い切って声をかけてみました。

「そこでいったい、何をしているの?」

 黒い旅人は答えました。

「待っているのさ」
「……何を?」
「誰かが渡る方法を見つけるのをさ」

 少年は、さっきの青い旅人と赤い旅人のやりとりを思い出しました。

「でも、待っててもいつ渡れるかわからないよ?」
「それでもいいよ。俺はここで気長に待つだけさ」

 この人は、きっと自分で考えるのが嫌なんだろうなと、少年はそう思いながら、黒い旅人のもとを去りました。

 川の流れる音と橋を作る音を聴きながら、どこからか、ざわざわとした人声が耳に入ってきました。

「川を渡るための道具が全部揃ってるよー! 安いよ安いよー!」

 黄い旅人が、人だかりに向かって元気よく呼びかけていました。集まっている人たちは、次々と黄い旅人が売っている道具を買っていきます。

「ねぇ黄い旅人さん! ここで何をしているの?」
「川を渡るために必要な道具を売っているのさ! これがまた儲かるんだ!」

 黄い旅人は、にやにやと笑いながら言いました。少年は一つ気になることがあったため、きみの悪い笑みを浮かべる黄い旅人へ続けて質問をします。

「あなたは川を渡らないの?」
「川ぁ? そんなもん興味ないね! 俺の目的は、ここでひと儲けすることなんだ。このでかい川がある限り、絶対に渡りたい旅人がやってくる。渡るためには道具がいる。道具がいるってこたぁ、商人の出番ってわけよ! ここにいれば、商品は必ず売れちまうのさ」
「へぇ~」
「人はみんな、金を掘り出すスコップを求めている。ならばスコップを売る側になっちまえば、いっちょうあがりだ。覚えておけよ、少年」
「う~ん、わかった」

 少年には、いまいち理解できませんでした。でも、お金持ちになりたい人にとっては、必要なことなんだろうなと、心のどこかで思いました。

 大きな川を横目に、少年はトボトボと歩いていきます。中には船を作る旅人や、飛行機を作る旅人もいました。何もせず、ただ文句を言い続けているだけの旅人もいました。みんなそれぞれ違ったやり方で、この大きな川を渡ろうとしています。
 少年は、話を聞けば聞くほど、自分はどうすればいいのかわからなくなってしまいました。ただ川の向こう側に、渡るだけのはずなのに。
 そんな時、喧嘩別れをしてしまった、お父さんとお母さんの姿を思い出しました。

「お前にはまだ早い!」
「そんなに急ぐことはないのよ?」
「うるさいな! できないなんて勝手に決めないでよ! 僕は絶対にあの先へ行くんだ!」

 悲しい表情を浮かべた、お父さんとお母さんの姿が、脳裏に焼き付いて離れません。ああ、僕はひどいことを言ってしまったなぁと、川を眺めながら、少年の胸には後悔の想いが残るのでした。

 時間と共に、大きな川はどこかへと流れていきます。川は少年を慰めることも、止まってくれることもありません。目の前を塞いでいるこの川でさえ、自然という調和の名のもとに、身を委ね、役割を果たしているだけなのです。そんな時でした。

「どうしても、この先へ行きたいかね?」

 誰かが、少年に声をかけてきたのです。少年の隣には、同じように川を見つめて立っているおじいさんが立っていました。

「おじいさんも、この川を度に来たの?」

 おじいさんは、どこか寂しそうな顔を浮かべて答えました。

「わしはな……向こう側から来たんじゃよ」
「え!?」

 夢にまでみた向こう側の世界の住人と出会い、少年は、失っていた輝きを取り戻しました。川を渡ることに成功した旅人がいたのです。

「おじいさんは、この川を渡れたんだね!」
「そうじゃよ。若かった頃のわしは、とても勇敢な男じゃった。自分の力で川を渡り切ることに成功したんじゃ」
「すごい! そうなんだ! なのに、どうしてそんなに悲しそうなの?」

 少年のキラキラした瞳を受けて、おじいさんは、自分の住んでいた川の向こう側を見ながら、静かに話し始めました。

「わしは愚かじゃった。ちゃんとした目標も計画もないまま、ただがむしゃらに川を渡ることだけを考えておった。無事に渡りきり、気づいた時にはもう手遅れ。引き返す方法もなくなり、喧嘩別れをした両親とも二度と会えずに終わった。あの時の勇気が本当に正しい決断じゃったのか……今となってはもうわからんよ」
「……おじいさんは、不幸なの?」
「不幸? いやいや、そんなことはない。こっちでいいお嫁さんと出会い、子供もできて、幸せな人生を過ごさせてもらった。じゃが、向こう側に残してきた大切な存在を思い出すと、今でも、胸が痛むんじゃよ」

 だからこうして、毎日毎日、思いを馳せて川を長めに来ている。あの日置き去りにしてしまったものを忘れないために。おじいさんは、静かにそう語ってくれました。

 空は夕焼けに染まり、太陽が南へと沈んでいきます。橋を作っていた人も、じーっと待っていた人も、道具を売っていた商人も、優しく教えてくれたおじいさんも、みんなみんな、どこかへと帰っていきました。

 少年は、いろんな旅人から聞いた話を思い返していました。人生は川の流れのように、時に激しく、時に穏やかに人間を翻弄している。その中で、自分がどうやって流れに立ち向かうのか。それもきっと、人それぞれなのだと。

 家族、友達、好きだったあの子。気づけば頭の中に蘇る、輝かしいたくさんの思い出たち。少年が望んでいた幸福は、もうここにあったのだ。川を渡ることだけが答えではない。だけど、渡らないことが答えでもない。大切なのは、どういう自分でありたいかなのだと。

 少年は、グッと胸を押さえて言いました。

「そうだ……僕は……僕は……!」

 目の前には、大きな川がありました。それはそれは大きな川で、流れが早くなったり遅くなったりしっちゃかめっちゃか。とても泳いで渡ることはできません。

 そして今日も一人、川の向こう側を夢見る旅人たちが、遥々やってくるのでした。本当の自分を、見つけるために。

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