筆者の小説・詩

ショートショート「宇宙レベルの恋」著者 MAGUMA

「お待たせ!瑛李えいりくん!」
「やぁ、美宇みうちゃん」
「遅れちゃってごめんね」
「気にしないで。さっ、行こう」
「うんっ」

 私が瑛李くんと付き合い始めたのは、実はまだ三日前のことだ。私たちの出会いは本屋さん。宇宙関連の棚で本を探している私を、瑛李くんが助けてくれたことがきっかけだった。今まで同じ趣味を持つ友達が一人もいなかったけど、瑛李くんだけは私を理解してくれた初めての人だった。本屋さんからカフェに行って、そこから一気に意気投合。大学生にもなって、勢いで彼氏ができるなんて思ってもみなかった。今日はこれから瑛李くんと、プラネタリウムデートをすることになっている。

「すっごく綺麗……あの星に行ってみたいなぁ」
「本当の星はもっと綺麗だよ」
「え?」
「……行ったことないんだけどね」
「も~瑛李くんったら!」
「あはは、ごめんごめん」
「でもさっ、私たちなら、本当の宇宙デートができそうじゃない?」
「それは魅力的なデートだなぁ」
「そうでしょ? 実現できるといいな……もし叶ったら、私たちは誰よりもすごいカップルだ!」
「そうだね」

 私が宇宙に憧れるのは、誰も答えを知らない領域に強いロマンを感じるからだ。頭の良い人たちでも、いまだ実際に見たことのない世界が確かに存在する。そこには、映画やアニメで描かれるような世界が、本当にあるかもしれないのだ。

「木星を覆ってるガスってさ、絶対にカムフラージュだと思うんだよね! あの下には、きっと高度なテクノロジーを持った生命体がいるんだよ!」
「それを隠すためのガスってことか」
「そうそう!」
「美宇ちゃんってやっぱり鋭いね」
「そうでしょー! ていうか瑛李くん、本当にその場所に行ったことあるみたいな言い方だね!」
「行ってみたい?」
「え? また冗談ばっかりー」
「行けるとしたら、行ってみたい?」
「……そりゃあ行ってみたいよ! 絶対に楽しいもん!」
「美宇ちゃんと行けたら、僕もきっと楽しいと思う」
「私もそう思う! 実現したら幸せだろうなー」

 瑛李くんはすごく不思議な人だった。透き通った瞳で見つめられると、心の奥底まで見透かされているような緊張感が生まれる。どこか達観した瑛李くんとの会話は、どれも確信めいたものばかりだった。

 私の話は、夢物語だとよく馬鹿にされて終わる。私たちが見ている夜空には確かな星の輝きがあって、知的生命体が存在する可能性を何光年も先から教えてくれているのに、どうしてか、誰もまともに受け合ってくれない。

 みんな同じ星空を見ているはずなのに、どうして誰も信じないんだろう? 私はずっと疑問だったし、どこか寂しかった。そんな時に現れたのが、瑛李だった。

「やぁ、美宇」
「あれ、瑛李くん……いつからいたの? ここ寝室だよ?」

 印象が残っているせいか熱々の恋心のせいか、その日の夜の夢には、瑛李くんが出てきてくれた。

「今からデートに行こうか」
「今から!? こんな深夜に?」
「大丈夫、これに乗っていくから」
「え、これって……?」

 瑛李くんが窓を開けると、目の前にはUFOが飛んでいた。想像していたものより、随分と簡素な作りだった。まぁ、夢だからこんなものだろう。

「これなら絶対にバレないよ」
「すごい! すごいよ瑛李くん!」
「喜んでくれてよかった。じゃあ、今から宇宙デートを始めようか。まずはどこへ行きたい?」
「そうだな……じゃあ、木星!」
「美宇なら絶対そう言うと思った」

 今日の夢は、私がこれまで見てきた中で一番楽しい内容だった。リアリティもあるし、意識もかなりはっきりとしている。私は瑛李くんの手に引かれ、初めてUFOに乗ることができたのだ。

 UFOの中は無機質で、無駄なものが何一つない真っ白な空間だった。きっと、意識だけでコントロールしているのだろう。

「準備はいい? 美宇」
「うん……!」

 夢なのに、私はひどく緊張していた。高鳴る心臓の音と、掌からじわじわと滲み出てくる汗の湿った感覚が生々しく伝わってくる。

 エンジン音も起動音もないその乗り物は、滑らかに空を切って上昇していき、普段なら何時間もかけて行くような場所でさえあっという間に通り過ぎていった。

 瑛李くんは、内部から360度外の光景を見えるようにしてくれた。まるで、私たちの肉体が宙に浮いているような状態だった。街をゆく人々の姿もハッキリと見えていたが、誰もUFOの存在に気づいていなった。

「楽しい?」
「すっごい楽しい! ワクワクする!」
「今からもっとワクワクするよ」

 瑛李くんがそう言うと、UFOはあっという間に大気圏を貫いた。なのに、私には重力による抵抗感が全くなかった。それは信じられないスピードで、気がついた時には、ずっと憧れ続けていた宇宙に漂っていた。星々の光を、こんなに間近に感じることができるなんて……。

「美宇、これが宇宙だよ」

 UFOが次々といろんな星のそばを通っていく。瑛李くんはその度に、私に星の説明してくれた。中には、地球とは違った生命体が暮らしている星もあった。

 やっぱり、私の思った通りの世界だった。宇宙には、私だけでは語り尽くせないほどの魅力がたくさん詰まっていたのだ。まるで夢のような世界だった。と言ってもこれは夢なのだが、私はどこか、これは夢ではないのかもしれないと思い始めていた。

「すごい……私たち、地球で初めて宇宙デートしたカップルになれたんだね」
「そうだね」
「瑛李くん、あなたは誰なの?」
「どうしてそんなことを聞くんだい?」
「だって、私は夢の中にいるはずなのに、あなたをちゃんと認識できているし、温もりも感じるんだもん。瑛李くん、これは夢じゃないよね?」
「美宇はやっぱり鋭いなぁ」

 瑛李くんは、なぜかとても寂しい表情を浮かべて宇宙を眺めた。

「僕は地球人じゃないんだ」
「え?」
「君たちの言う、宇宙人ってやつだよ」
「瑛李くんが宇宙人……?」
「でも、僕たちは映画で描かれるような侵略者じゃないよ。各星々で生きる生命体を調べて、この宇宙の均衡を保つためのデータを集めているんだ」

 私は驚いていた。でも、なぜか恐怖を感じることはなかった。それは、瑛李くんの中にある『優しい心』のようなものが、暖かく伝わってくるような気がしたからだ。

「どうして、私の彼氏になってくれたの?」
「美宇のような、純粋で美しい心の持ち主と初めて出会ったからだよ。僕は、君が気になって仕方がなかったんだ」

 私はつい、赤面してしまった。

「美宇、見てごらん」
「これは……木星」
「これから、僕の故郷を案内するよ」
「え?」

 驚くのも束の間、UFOはあっという間に、木星を覆うガスの中に突入した。見渡す限り曇りがかった視界が続き、やがて一気に、目の前の光景が鮮やかに映し出された。

 木星のガスを抜けると、そこにはエメラルドで輝く都市が賑やかに生き付いていたのだ。

「ようこそ、僕の故郷へ」
「やっぱり木星には都市があったんだ……!」
「美宇の言うことはよく当たるから、聞いていていつもヒヤヒヤしていたんだ」
「あなたは、木星人なの?」
「それはハッキリと君に伝えることはできない。美宇、ちょっと聞いて」

 エメラルドの輝きが通過していく中、瑛李くんは静かに私に語りかけてきた。

「僕はもう、美宇と会うことができないんだ」
「え? どうして? そんなの嫌だよ!」
「僕たち宇宙人は、許された時にしか地球人に接触することができないんだ。もちろん、宇宙のことも教えちゃダメだし、見せることも禁止されてる。でも、僕は君の美しい心と好奇心を放っておけなかった。だから、夢という形で、美宇にだけは教えてあげたいと思ってたんだ」

 私が夢じゃないと気づいた時、瑛李くんが寂しそうな顔をしていた理由は、もう二度と会えない悲しみを堪えた表情だった。

「ごめんね、美宇、勝手なことを言って」
「ううん……ねぇ瑛李くん、一つだけ聞いていい?」
「なんだい?」
「私のこと、本当に好きだった?」
「僕は美宇のことが、どの地球人よりも、どの宇宙人よりも、どの次元にいても大好きだよ」

 私は涙が止まらなかった。終わりの瞬間が来ることを、どこかでわかっていたのかもしれない。それでも、私は最後にどうしても伝えたい想いがあった。

「瑛李くん、大好き」
「ありがとう、美宇。僕のことを忘れても、その綺麗な心は忘れないでおくれ」

 私は、瑛李くんとキスをした。とても長い時間に思えた。

 エメラルドを上回るほどの強烈な光が私たちを包み込む。それは、現実とも夢とも言い表せない、高次元の体験だった。

美宇「あれ……涙……?」

 目覚めると、私はなぜか泣いていた。当たり前のようにそばにいた存在がすっぽり消えてしまったかのような感覚だった。

 その存在が何かは思い出せない。でも、私にとって『宇宙レベル』で大切な存在だったことは、確かな記憶として残っていた。

「また、同じ夢、見れるかなぁ」

 私は、今日の夜空は、特別美しい光景なんだろうなと、宇宙を見上げて想いを馳せた。

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