日誌

”ピンチをチャンスに”という言葉の猛毒性について

どうも、MAGUMAです。
歌手・作詞家・脚本家、その他もろもろ
いろいろなエンターテインメントを作り活動しています。

コロナ禍に限らず、昔から”ピンチはチャンス”という言葉をよく聞いてきました。

多くのビジネスパーソン、そして成功者が唱えていることもあり、野望を秘めているランナーたちは、この言葉を胸に走り続けています。もちろん、僕もその中の一人です。

今回は、その言葉に宿った猛毒性についてのお話です。

”ピンチをチャンスに”という言葉の猛毒性について

僕は、タイトルにあるこの言葉を胸にずっと活動してきました。なかなか起動に乗らないことも多く、それでも自分の蒔いた種を芽吹かせるために、できる限りのことをやろうと。

しかし、改めて自分の行動を振り返ると、僕はこの言葉の猛毒にやられた哀れな人間だったように思えてなりません。というのも、ピンチをチャンスにという言葉の真意をしっかりと深掘りできていなかったからです。

よく考えればわかることなのですが、人はピンチに陥ったときほど判断力を失います。この判断力が低下している状態であることをちゃんと認識しているかしていないかで、この先の選択が大いに変わってくる……つまり、ピンチのときほど慎重にならないと、チャンスを逃してしまうことになるのです。

窮地に陥ってしまったとき、僕は幾度となく「やれることはなんでもやってやれ」という無鉄砲な行動に移り、チャンスどころか自分自身の価値を低下させ、社会的な信頼・信用を失うようなことをしてしまいました。一度失ってしまったものを取り返すのは難しいですが、これは怠慢が祟り、情報不足だった自分への罰だったように思います。

以上のように、この”ピンチをチャンスに”という言葉をそのまま受け取ってしまっている方は、自分の判断力が低下しているときに、それを認知する余裕を持つことができません。

一番大切なのは、大変なときこそ、物事を冷静に見なければ、
落とし穴にハマってしまうことを理解することです。

もう一つ、こういったとてつもなくやばい状態のときこそ、人は本能が剥き出しになります。

在るべき意識が失ってしまうことだけは避けなければならない。欲の赴くままに動いていいことなんて何一つありません。普通に考えれば、やってはいけないことの区別は普通につくはずです。でも、多くの人間はこの判断基準が低下しているように思えます。

どんなときでも、今、ここに在る自分を認識すること。

そして、近寄ってくる怪しい誘惑を認識し、笑う飛ばすくらいの勢いで追い返すことが大事です。お前如きに支配されないぞ!という気持ちで弾き飛ばしてやりましょう。

いい言葉には必ず裏側が存在します。

名言の真意をちゃんと咀嚼した上で、襲ってくる事態を冷静に取捨選択していくこと。僕は数々の失敗から、その重要さを理解できました。

ピンチをチャンスに=ピンチのときほど自分自身を保った上で、落ち着いてチャンスを探す

一緒に、この嵐をくぐり抜けていきましょうね。

それでは今日はこの辺で。

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