広告 筆者の思想

自分の住んでいる国くらい好きになろう

祖国をネガティブに語る人間が多い。長く住んでいれば、「こんなところにも毛が!」なんて発見はよくあることだ。

自分にとって都合の悪い場面に直面すると、他国と徹底的に比較して好き勝手に言いたいことを言っている。日本においても批判的な意見は多い。誰もが住み良い国でより良い生活を送りたいと願っているから当然だ。しかし、環境に文句を言い続ける行為は、他人の粗探しをするくらいもったいない考え方だと思う。

僕は海外移住を夢見ていた。日本の暗さや柔軟性のない考え方が嫌になったからだ。アーティストやエンターテインメントの業界は日々変化している。日本にとどまっていては凝り固まった思想になり、個性のカケラもない存在になると恐れていたのだ。確かに、常識を疑いながら世界規模で生き方を考えることは大事だ。ただし、広い括りで世の中を見渡し過ぎてしまえば、近くにある本当の価値が見えなくなってしまうことに気がついた。

「隣の芝は青い」という諺(ことわざ)がある。自分のものより、他人のもののほうが良く見えるという表現だ。

僕らが海外を羨ましく思うのは何故か?他国の都合の良いところにしか注目していないからだ。同様に、向こう側の人たちもこちら側の世界を羨んでいることを忘れてはならない。外国の人々も、それぞれ自分の国に不満を持っている。負の感情は悪い情勢ばかりに目がいき、やがては良いところを見るゆとりをなくしていく。盲目となったら最後。あらゆる感動を逃してしまうのだ。

灯台下暗し。人は第三者となってようやく、自分の暮らしている環境が美しいことを思い出せる。僕らは当たり前のことほど見逃しがちな生き物だと自戒した。

どこに行こうが必ず問題は起こる。だからこそ人は知恵を絞って、立ちはだかる壁をどう乗り越えようか苦悩する。ピンチがチャンスという言葉があるように、打開策はすでに足元に転がっていることを知ろう。

お金などの物質的価値から解放される風の時代。聞けばハッピーに感じるが、ぼーっとしていると幸せも風のように過ぎ去ってしまうから油断できない。大切なものは、見ようとしなければ見えないもの。家族であれ恋人であれ友人であれ物であれ場所であれ。いつも身近に寄り添って生きてきたモノにこそ、実は求めていた本当の幸福が宿っている。答えを無視し続けるということは、時間を犠牲にしているだけに過ぎない。一時の感情に支配され、手を伸ばせば掴みとれる価値を逃すのはとても悲しいことだ。

日本のように平和で衛生面が整っている国はそうないだろう。食事も美味しければ風景も美しい。僕らの住んでる場所にも素晴らしいところがたくさんある。故に多くの観光客が日本に来訪し、「ここで暮らしたい」と想いを馳せているのだ。

ネガティブ思考が大半を占めている日本。実はマイナス思考は遺伝子レベルで刷り込まれているものだ。アメリカ人にポジティブな人種が多いのも遺伝子によるもので、前向きになれるDNAが備わっているからだそうだ。

暗い印象ばかりが目立ってしまう日本人だが、裏を返せば、物事を慎重に判断できるリーダーの素質があると言える。ネガティブな面は、決してデメリットばかりではない。大切なのは、常に両方の世界を吟味することだ。どちらか一方に傾くとろくなことはない。未来で僕らに求められているのは調和を保つことなのだから。

探れば探るほど、日本には面白い歴史がたくさんある。せっかく日本人として生まれてきたのだから、できる限り祖国の姿を目に焼き付けておきたい。海外へ旅立つのは、それからでも遅くはないだろう。

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