筆者の思想

人間臭い記事

年が明けてから、目まぐるしく移ろいゆく季節と共に夢と理想を追い求める僕らは、存在意義と幸せの答えを無意識に探し続けている。皆、生きるために必死にもがき、幸せになるために不幸へと身を投じてゆく。シンプルでは生き辛くなった社会に、いったい何を求めているのだろうか。世界の変化か。己の変化か。どちらも正解ときたものだから余計にややこしくなる。

前者の場合は、世界が変わることを待っている間におそらく死を迎えることになるだろう。世界は気まぐれで、僕らのことなど一ミリも待ってはくれないからだ。後者の場合はもっとも変化への近道となる代わりに、失敗や挫折などの大きなリスクを伴う。それに、いつ己が変化できるかも明確にはならないため、非常に根気のいる生き方となるだろう。

いつもいつも、僕らは謎に包まれた世界に翻弄され続けている。悩みのない人間も悩み続ける人間も、宇宙規模で俯瞰して見ればどれも同じゴミクズにしか見えない。そこには優劣もなければ境界線もなく、ただ、名もなき生命体がそこで”ただ生きている”だけなのだ。だとしたら、僕らが個々に抱いている夢や悩みなどは取るに足らないものでしかない。むしろ、そんなものは存在しないと言っても過言ではないだろう。

この世には物質的なものと非物質的なもので溢れかえっているが、それはあくまでも僕ら人間の視点で感知した情報に過ぎず、実際のところは、そこには何もないというのが正しい結論なのかもしれない。では、何もない世界で、どうして生きようともがいてしまうのだろう。好きなことや嫌いなことができてしまうのだろう。どうして僕らは、このような思考を植え付けられたのだろう。考えずにはいられない人間の性はある種の呪いのようなもので、この地球という星が宇宙の監獄である説を裏付けているようにも思えてしまう。

もしもこの星が監獄であるのならば、僕らはどのような罪を犯しここへ送られてきたのだろうか。いったい地球で何をすれば、僕らは元の世界へ帰ることを許されるのだろうか。そもそも、元の世界なんて存在するのだろうか。

僕も生きようともがいている一人の人間だが、死に怯える一方で、死に限りなく興味を抱いているうちの一人でもある。死を迎えたとき、そこで待っている世界はいったいどのような場所なのだろうかと、楽しみで仕方がない自分がいるのだ。

地球での刑期を満了したとき。果たして、元いた世界に帰還することは叶うのか。別だん死を望んでいるわけではないが、死を受け入れる覚悟は持っておこうと常日頃思っている。

なんとなく思っていることをただつらつらと書いてみただけなので乱雑な記事になってしまったが、毎日更新しているのだからこういう日だってあってもいいだろう。良く言えば思考の整理。だが本音を言えば、ただネタがなかったから書いただけだ。今日も一日、お疲れ様。

それでは、また。

3月24日「MAGUMAマンスリーコンサート Vol.3」

場所:yomihana~宿花~
神戸市中央区加納町4-7-26藤嶋ビルB1

時間:開場 17:30 開演 18:00
料金:3500円(1ドリンク代込み)

限定20名様まで。

※コンサート後も宿花でご飲食可能です。
※食べ物のみ持ち込みOK。

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