筆者の小説・詩

ショートショート「頼みの綱は竜宮城」著者 MAGUMA

むかしむかし浦島は
 助けた亀に連れられて
 竜宮城へ来て見れば
 絵にもかけない美しさ

 乙姫様のごちそうに
 鯛やひらめの舞踊り
 ただ珍しく面白く
 月日のたつのも夢のうち

 幼稚園から聞こえてくる懐かしい唱歌が、公園のベンチで途方に暮れる男、「時和金成ときわかねなり」の心に虚しく染み渡る。

 「この歌の続き、なんだったっけか」

 ふと呟いてみるも、そもそも歌に大してさほど興味がないことに気が付く。
 空はこんなにも広くて青いのに、なぜ気持ちは晴れ晴れとしないのか。その答えは、先ほどから鳴り止まない携帯の着信にあった。
 金成は多額の借金を背負っている。催促によって賑わう音色とバイブレーションは、長い閑散期を迎えている財布や銀行口座との温度差を否が応でも思い出させてくれた。
 金成は働くことを辞めてしまった。正確に言えば「辞めさせられた」のだが、その理由は、彼の約束を守らない性質に原因があった。いわゆる、遅刻や無断欠席などによるドタキャンが多かったのだ。仕事に関わらず、金成は家族や知人友人、恋人に至るまで、真面目に向き合わずに生きてきた。その結果、信用と共に職も失い。とうとうお金を借りることでしか生きていけなくなったのである。しかし、その借り入れもブラックリストに入ったことによって凍結状態に入った。両親も亡くし、天涯孤独となった金成の頼みの綱は「自分自身」のみだった。
 取り立てに追われ続けた金成の心は、疲弊するどころか別の意味で強く鍛えられた。始めに「嘘」というスキルを身につけ、次に覚えたのは史上最強の一手「無視」だった。「何も殺される訳じゃあるまいし」。というのが、金成の口癖となっていった。長い長いどん底を這いずり回った金成は、ついに悟りをひらいたのだった。

 「さてと」

 金成はゆっくりベンチから腰を上げ、街へと足を運ぶ。失うものがなくなると、人は身軽になるものだ。「来るなら来い」。と、無駄に隙を感じさせない限りなく無駄に隙だらけの虚勢を張る金成は、今日も宛てもなく街を転々とする。
 街の片隅には、「竜宮城」と書かれたスナック。家電量販店で流れている子供番組では、子供たちが元気いっぱいに「浦島太郎」を唄っている。
 先ほど、幼稚園から漏れていた唱歌を聴いたせいか、やたらと関連性のあるものが目についた。

 「また浦島太郎か、今日で何度目だよ」

 何度目と言ってもまだ二度目じゃねぇかと自分にツッコミを入れる金成の前に、一軒のペットショップが建っていた。そこに一匹の小さな亀が展示されている。金成は立ち止まり、ゆっくり屈んで亀を覗き込んだ。

 「なぁ、俺を竜宮城に連れてってくれよ」

 冗談のようでいて切実な本音が混じった言葉は、周囲から冷ややかな視線を買う。金成は困惑した。まるで浮浪者を見るような眼差しではないかと。実際のところ、彼は浮浪者なので間違ってはいないのだが、居ても立っても居られなくなった金成は、慌ててその場から逃げるように立ち去るのだった。

 辿り着いたのは海岸だった。青々とした空と海は絶妙なコントラストを演出している。自分は何に期待して海へと来たのか。馬鹿馬鹿しくなりながらも、堤防に座って砂浜を眺めていた。
 すると、奇跡のような光景を目の当たりにする。

 「海亀がおる」

 金成はあまりの偶然に、思わず訛りが出てしまうほど驚愕した。ちなみに説明しておくが、彼は関西人ではない。
 おまけに近くには数人の子供が遊んでいるではないか。金成のビジョンは既に明確なものとなっていた。

 「竜宮城に行けば、借金も時効にできんじゃね?」

 窮地に立たされた人間ほど、咄嗟に思いもよらぬアイデアが沸いてくるものだ。金成は、まさにそのゾーンの真っ只中にいた。
 足早に子供たちのもとへと向かっていく金成。側から見れば恐ろしく危険な光景だが、社会の怖さを知らない子供たちには、興奮した得体の知れない大人を警戒する経験を持ち合わせていない。

 「あの亀をいじめてくれ」

 開口一番、金成は子供たちに丁重にお願いする。ビジネスのプレゼンにおいても、まずは結論から述べることが大事だと聞く。現実社会で揉まれた大人として、金成は子供の前で学びをアウトプットしてみせた。しかし、物事は一筋縄では進まない。

 「そんなことしたらかわいそうだよ」

 純真無垢な子供たちの意見が金成の良心を抉る。自分にもまだ善なる心があったのだと実感した瞬間だったが、金成には社会で学んだもう一つの秘策があった。

 「いじめてくれたら五百円あげるよ」

 それは、賄賂だった。これで動かない人間はいない。思惑通り、子供たちは我先にと金成のなけなしの財産を手に取り、不敵な笑みを浮かべて亀へと向かっていった。人は、こうして大人になるのだ。

 金に目が眩んだ子供たちが遠くで亀をいじめている。金成は、やはり自分の性格は歪み切っているのだと再確認していた。
 そうこうしている間に、子供の様子を見に来た親の影がちらつく。機は満ちた。やるなら今しかない。

 「コラァ~!!お前らぁ~!!」

 鬼の形相で怒鳴りながら、金成は子供たちのもとへ走る。この時、金成は新たに学びを得た。人は生きるためなら勇気を出せる素晴らしい生き物だと。

 「亀をいじめるとはなんてことだ!! 恥を知れ!! 恥を!!」

 怒声を聞きつけた親たちは、恥ずべきことをした我が子を叱りつけながら金成に謝罪をし、その場から去っていく。連れられていく子供の目には涙と憎しみが宿っていた。同じく、亀の瞳にもどことなく哀れみのようなものを感じた。

 「亀よ、恨むなら俺を生んだこの社会を裏め」

 通例ならば亀から御礼として竜宮城へ招待されるが、金成に時間はない。刻々と借金返済という名のタイマーが進んでいる。早くリセットしなければならない。
 金成は甲羅を掴み、半強引に亀を海へと向かわせ、サーフボードのようにスライドして飛び込んだ。
 信じられないことに、亀は金成を連れて波に逆らいながら深い海へと潜っていった。呼吸ができている時点で、作戦が成功したことを物語っている。金成は片手でガッツポーズを作った。どこか亀に「仕方なく」運ばれているように感じたが、この際どうでもよかった。

 目の前には珊瑚や深海の生命たちによって彩られた竜宮城が建っていた。あの民話は実話だったのだ。金成は人生という名のゴールにようやく辿り着き、瞳は歓喜に満ち満ちていた。

 「初めまして、金成様。私は乙姫と申します。この度は亀を助けていただき誠にありがとうございました。どうぞ心ゆくまで竜宮城でお過ごしください」
「三年でも十年でも二十年でも、いくらでもいさせてくださーい!!」

 それから金成は、竜宮城で遊びの限りを尽くした。不幸な日々がようやく報われたと涙を流しながら楽しんだ。そうして楽園で過ごす日々はあっという間に過ぎ去り、気がつけば十年が経過していた。
 ある日、乙姫の手に抱えられ、一つの箱が金成の前に現れた。浦島太郎と言えば……なくてはならないお馴染みの箱である。

 「こ、これは……」

 金成はわざとらしく反応する。

 「これは玉手箱です。竜宮城での十年は、地上では三百年。帰った際に時代の流れについていけなくなった時は、この玉手箱の蓋をお開けください。すべてが元通りとなるでしょう」
 「ありがとう乙姫。しかし、僕はここの生活が性に合っているようです。もうしばらく……いや、ずっとあなたのそばにいさせてください」
 「まぁ、嬉しいお言葉をありがとうございます。しかし、まずは金成様には竜宮城での宿泊、飲食に対するお支払いをして頂かなくてはなりません」
 「え?」
 「え?」

 金成と乙姫の頭上に二つのクエスチョンマークが浮かんだ。

 「支払いって何ですか?」
 「竜宮城で提供した各サービスにおける利用料金のことでございます」
 「え?」
 「え?」
 「あの、でも、僕はお宅の亀を助けたんですが」
 「亀を助けていただいたお礼は十年前の奉仕にてお支払い致しました。その後のご利用に関しましては追加料金をいただくことになっています」

 身の毛がよだつとはこのことだが、そもそも水中であるから毛は常によだち続けている。だが、金成は感情を抑えきれなかった。

 「そんなの聞いてないぞ! これは詐欺だ! ていうかここの通貨は諭吉で通用するのか!?」

 金成は激怒した。必ず、邪智暴虐じゃちぼうぎゃくの限りを尽くす竜宮城から逃げ出さねばならぬと決意した。しかし、金成は逃げ方がわからない。周囲を見渡すと、たまたま近くを通りがかったあの時の亀がいた。
 金成は玉手箱を手に取り、半強引に亀を使って竜宮城から脱出した。追手を巻きながら、海上より降り注ぐ太陽の光に向かって帰路についたのだった。その時もやはり、亀に「仕方なく」運ばれているように感じた。
 三百年後の変わり果てた地上は、未来都市のようになっていた。竜宮城の追手も、地上までは追って来られないらしい。この時代にはもう債権回収会社もない。金成は気持ち新たに自由を謳歌すると決めた。

 「すべてやり直そう」

 清々しい笑みが浮かぶ金成。しかしムードをぶち壊すように、長年使用していなかったはずの携帯が突如咆哮をあげた。なぜだ、利用料金も払っていないのに。

 「何だこれ?」

 確認すると、電話番号と着信名「竜宮城 法務部」と表示されていた。
 しばらく画面を見ていた金成は、十年ぶりに得意スキル「無視」を使った。ブランクもあってか内心ドキドキしていたが、それよりも法務部なんて部署があることに驚いていた。

 電話はひっきりなしにかかってくる。金成はかつての借金地獄を思い出した。これでははるばる竜宮城まで行った意味がない。

 ふと、手に抱えていた玉手箱を見る。これを開ければすべてが元通りになると言っていた乙姫の言葉を思い出した。考えている暇はない。金成は思い切り玉手箱を開けるのだった。

 たちあがる煙は、今までの悪夢から解放するかのように優しく包み込んでくれた。借金も竜宮城も、すべて悪い夢だったのだ。これからは真っ当に生き、人と誠実に向かい合おう。
 心の中で教訓を得ていた金成の視界は、やがてはっきりと覚めてくる。今一度目を瞑り、深く深呼吸をした上で、金成はゆっくりと瞼を上げていった。

 場所は未来の街から変わっていなかった。ただ一つだけわかったことは、自分の手が妙に老けていたことのみだ。民話の通り、金成は老人と化していたのだ。
 混乱する金成に再び着信がある。確認すると、何と時効となっていたはずの借入先から立て続けに連絡がきていた。玉手箱によって歳をとるだけにとどまらず、これまでの負債まで戻ってきてしまったのだ。

 地上と海底、双方からの取り立てに、年老いた金成は、声にならない声で叫んだ。そして、時間と信頼には大きな価値があり、等しく尊いものであることを学ぶのだった。

 金成は忘れていた「浦島太郎」の歌の後半を思い出しながら、もう二度と取り戻すことのできない有限な価値に想いを馳せ、天にむかって手を伸ばした。

 「俺の未来を返してくれ!」と。
 
 遊びにあきて気がついて
 おいとまごいも そこそこに
 帰る途中の楽しみは
 みやげにもらった玉手箱

 帰ってみれば こはいかに
 元居た家も村も無く
 みちに行きあう人々は
 顔も知らない者ばかり

 心細さに蓋取れば
 あけて悔しき玉手箱
 中からぱっと白けむり
 たちまち太郎はおじいさん

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