リアリティを追求した哲学的な映画が多くなってきたように思う。鑑賞者に深く考えさせる系統の物語のことだ。特に昨今のヒーロー系作品は、勧善懲悪ものが極端に少なくなり、いわゆる「どちらも正義」的なテーマで描かれているものばかりだ。
ポリティカル・コレクトネス(通称:ポリコレ)という、宗教や人種、その他諸々の分野に不快な影響を与えないようにするという取り組みが過剰になっていき、物語の創作にも大変神経を使うようになったように思う。意識することは大切だが、やり過ぎもどうかと思うのが本当のところだ。多様性によってあらゆる可能性の間口が広がる反面、選択肢が増えすぎたことによって、以前よりも生きづらくなる人も少なくない。僕らの社会、生き方が変われば、当然、映画やアニメの制作にも大きく反映される。だが、それもどうしたものかと僕は考えている。
そもそも、大半の人間は現実世界では体験しきれないある種の憧れを擬似体験するために物語を楽しむ。ディズニーランドが外界から遮断されているように、映画などの作品においても、夢を描き切りそれを鑑賞することが醍醐味なのではないか。なぜなら、あまりにもリアル過ぎると疲れてしまうからだ。現代の情報過多により、人間は日常的に疲弊している。疲れを癒すための娯楽でさらに疲れさせるのは、バランスとしてはよろしくない。哲学的なものは、リアルに描かなくともメッセージとして盛り込むことができるはずだ。もちろん技術が求められることだが、教養を押し付けられる作品と、自らが考察を楽しめる作品とでは学びの質が大きく変わってくるだろう。
僕はシンプルなものが好きだ。悪いものは悪く。善いものは善い。下手に双方に感情移入できてしまうと、心に余計な揺さぶりがかかって脳が作品を楽しみきれなくなる。実話を元にしたノンフィクションのことや、リアリティに富んだ作品もあっていい。だが、そうではない完全なエンターテインメントも、もう一度世の中に広まってほしいと思うし、そういう作品を作っていきたいと常々思っている。
性格上、僕も人のことは言えないが、人間は小難しく考え過ぎなのだ。この世界は、意外とシンプルな作りで設計されている。知らないお偉方(人間)がややこしくしているだけで、本能的に言えば「幸せに生きること」がただ唯一の目的だ。だったら、幸せになれることをやっていけばいい。幸せになれる作品を作っていけばいい。
しかし、たったそれだけのこともできないのが人間だし、こんなことをわざわざ考えて記事にしてしまうのも人間である。早く、思考という能力に振り回されず、作りたいものを作って幸せになれる時代が来てほしいものだ。
それでは、また。
12月17日「MAGUMAバースデー&トークコンサート~35年目の僕から~」in yomihana〜宿花〜
場所:yomihana~宿花~
神戸市中央区加納町4-7-26藤嶋ビルB1時間:開場 17:30 開演 18:00
料金:3500円(1ドリンク代込み)
入場者特典:MAGUMAの歌謡曲カバーCD無料配布限定20様まで
※コンサート後も宿花でご飲食可能です。
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コンサート詳細
info@maguma-fire.com
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