Web小説「焼肉王子」〜第二話「牛乃晴美という女」〜




すべての業務が終わって家に帰る頃には23:00を超えている。

閉店時間は22:00だが、片付けと次の日に備えた仕込みに時間がかかるため、結果的に日付変更線ギリギリの帰宅になることが多い。

晩御飯は店で済ませるか、忙し過ぎて食べられなかった場合は、自宅で母が用意してくれているものを食べている。

寝床に着く頃には他のことをやる力も湧いてこない。ひたすら携帯を触るか、漫画を読むかのどちらかだ。

ここまで読んで、俺のことを若くして人生に潤いのない可哀想な男だと思っている者も多いだろう。だが残念なことに、まだ読者の諸君に話していないことが一つだけあるのだ。

俺が就寝せず起きているのにはまだ理由がある。枕元に置いていた携帯がブーブーとバイブ音を発すると、読んでいた漫画を広げたまま隣に置き、急ぎその音の主を拾い上げ、画面の受話器マークをタップした。

「もしもーし」

声色が少しばかり軽くなっているのが自分でもわかる。お察しの良い方はお分かりだろうが、発信元の相手は女性である。

「もしもし、今日はどうやったん?」

この声を聞くだけで癒される。人生に対する虚無感や親父に対する憤りも、この時間だけは忘れられる。そう、俺の人生にはまだ潤いが残っているのだ。

「相変わらずやで、晴美ちゃん」

牛乃晴美(うしのはらみ)……俺の彼女だ。畜産農家の一人娘で、実は我が「焼肉王子」も、晴美ちゃんの家「牛乃牧場」で育った牛や豚の肉を仕入れている。

出会いは15年前に遡る。親父のおせっかいで、自分の店で取り扱っている肉がどこから来ているのか、半ば強引に見学させられたことがキッカケだった。

当時高校生だった俺は、中学の登校拒否の経験を経て、過度に人と接することを避けていた。牧場の独特なにおいを感じながら、一人佇んでいるところに、優しく話しかけてきてくれたのが、牛乃牧場の一人娘「牛乃晴美」ちゃんだったというわけだ。

その場で連絡先を交換し、メールでやりとりしているうちに、次第に心がひかれあっていった。極度の人間嫌いの俺が、唯一信頼している女性である。

「またイライラしとったん?」

「あの店でイライラしてない時間の方が少ないわ」

「そのイライラでお肉を粗末に扱わんとってよ」

「わかっとうよ」

男のくせに情けないことこの上ないが、晴美ちゃんにはいつも愚痴を聞いてもらっている。よほど店で不平不満を募らせているのか、一度文句を言い出だすと止まらなくなってしまうのだ。それでも晴美ちゃんは、そんな俺の持ち帰ってきた暗雲を綺麗に洗い流してくれる天使のような存在だ。どうだ、羨ましかろう。

「それよりもさ、やけるくん」

「ん?どうしたん?」

「そろそろあの話も進めんとあかんね」

「あの話……?」

しらこく疑問系で聞き返してはいるが、話のおおよそは察することができていた。だが、あえて先にやってくる言葉を遅らせようとしていたのかもしれない。そんなことが何の意味もなさないことは分かってはいるんだが、物事はそう簡単に俺を逃してはくれない。

晴美ちゃんは呆れたようにため息をつき、改め、真面目なトーンで話す。

「もう……結婚の話」

「あぁ……ほんまやな」

付き合い始めて早数年。結婚の話をしたのはまだ2、3ヶ月前のことだ。お互いが想いあってこその決断だが、俺たち2人には、更なる決断を下す必要があった。

「焼肉屋の後継者と、牧場の後継者かぁ……」

俺がため息混じりで言葉を発すると、向こう側からも悩みに悩んでいる女性のため息が聞こえてくる。

我が親父は俺に「焼肉王子」を受け継がせるために今も厳しく指導している。対する晴美ちゃんの牧場も、後継者のことでよく話し合いになるそうだ。どちらの家も子供は1人で、焼肉王子の場合は、俺がいなければ継承ができず、牛乃牧場の場合は、晴美ちゃんが継ぐか、夫を迎えなければ継承することができない。

つまり、王宍やけると牛乃晴美の結婚は、どちらかの家を犠牲にしないと成り立たないのである。

例えば、晴美ちゃんが我が家に嫁いで焼肉王子を切り盛りするプラン。そうなると、必然的に牛乃牧場からは1人娘が去り、牧場の後継ぎがいなくなってしまう。かと言って、俺が婿養子となって牛乃牧場へ行くプランに変更したとしても、焼肉王子の後も継げなくなってしまう。

そんなことをうちの親父が許すわけがない。仮に晴美ちゃんがこっちに来たとしても、向こうの両親が許さないだろう。

以上のような事情があるため、俺たちは結婚の話を両親に伝えられずにいた。運命という言葉は特に信じてはいないが、運命とは時に残酷なものである。

「どうする?やける君」

不安気に聞いてくる晴美ちゃんの声を聞きながら、俺は考えていた。そうして過ぎて行く空白の時間が、また更に腰を重たくさせ、彼女の気持ちを余計不安に陥れてしまっている。

決して結婚をしたくないわけではない。結婚をすることによって起こり得る様々な現象を脳内で展開しているだけなのだ。

あれ?俺はまた、誰かのご機嫌伺いのために振り回されてやしないか?

ここに来て、俺は再び自分の歩いている道を振り返る。自分自身の心の葛藤も織り混ざり、いよいよ王宍やけるの脳内もカオスの領域に入り込んでしまった。

早くなんとかしなければ。

そんな焦燥感をよそに、俺の運命は着実に、とある大事件へと向かって進み続けていた。運命という言葉を信じてはいないが、使うのは嫌いではない。

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