Web小説「焼肉王子」〜第三話「継野央士という少年」〜




「あいたくちがふさがらない」とはこのことを言うのだろう。

諺として広く知れ渡る言葉でも、自分自身が実感して初めて意味を思い知ることも往々にしてある。そして今まさに、俺がその瞬間を体験しているところだ。

朝、いつもどおりに焼肉王子に出勤し、開店作業の準備をしているところ、1人のちびっ子少年が店に訪ねてきた。母親かと思われる女性が「どうぞよろしくお願いします〜」と深々と挨拶をし、訳もわからないまま引き取って、現在に至る。

年齢的にまだ10歳未満か?俺の頭上にあるクエスチョンマークを差し置いて、親父「王宍もえる」は何も言わぬまま、店のシンボルがデザインされたTシャツを持ってきて、突如店に訪れた謎の少年に「よろしく」と、それを手渡した。見事にサイズまであてがわれているではないか。

「おい」

俺は思わず声が出た。

「なんや」

「隠し子か?」

「なんでやねん」

「ほなちゃんと説明せんかい」

「昨日言うたやろうが、アルバイトが入るから指導したってくれって」

こいつは労働基準法第56条を知らないようだ。満15歳に達した日以後の最初の3月31日が終了するまでこのような児童を働かせてはならないはずだ。とは言っても、この時の俺にそんなことを考える余裕などあるはずもない。

「どこの子やねん」

「近所の小学生や、俺の知人の子供やねん。なんか偉い問題児らしくて、周りと馴染めてへんみたいやから、社会訓練に休みの日だけうちで働かせてくれっちゅうこっちゃ」

「ちゅうこっちゃってどういうこっちゃ、こんな小さい子が焼肉屋で働けるわけないやろが」

「お前かて小さい頃から働いとったやろ」

「それは強制的にや」

「あとは頼むで」

「おい!」

頼むと言われても何をすればいいと言うのだ。肉のランクの話をしたところでこんな子供が理解できるわけがない。だとすると、できることと言えば配膳くらいだ。ただでさえ火を扱う危険な現場なのに、本当に大丈夫なのだろうか?ていうか、そもそもどうしてこの店なんだ?社会科見学なら、もっとマシな現場もあっただろうに。

考えていても仕方がない。そう思いふと子供を見ると、憂いを秘めたおどおどしい表情が俺を見つめていた。安心しろ少年。俺も今、同じような気持ちだぜ?

「名前は?」

だからと言って、放っておいていいわけではない。心が荒んではいるものの、少しばかりの良心が残っていた俺は、少年の目線に合わせるため、踵を踏んで座る。

「つぐのおうじ」

「つぐのおうじ?これまた店にピッタリな名前やなぁ」

謎の少年、継野央士(つぐのおうじ)は、コミュニケーション能力は備わっているようだった。こちらが問い掛ければ、幼ながら自分なりに言葉を咀嚼し、数秒後にちゃんと返してきてくれる。お互いにまだ心を開いているわけではなかったが、とにかく、はじめの一歩が大切だ。

肝心の親父はというと、いつもと変わらずひたすら自分の作業に黙々と取り組んでやがる。俗に言う「丸投げ」というやつだ。職務放棄もいいところだまったく。

しかし、このまま置いておくわけにはいくまい。何か指示を出さねば。

「えっと、とりあえず、あの、そこにある箸をテーブルに並べてくれる?」

「はい」

「終わったら次のこと教えるから、また声かけてな」

「わかりました」

人に何かを頼むことに慣れていない俺は、どうやって命令すればいいのかわからない。命令って言葉の使い方をそもそも間違えてるか?まぁいい、とにかく、この子には動いてもらわねばならない。なんとなく指令を下すと、少年も任務を遂行し、キビキビと働き始めた。これでひとまずは安心だ。とりあえず、自分の作業をしよう。

ここで俺は一旦退き、自分の仕込みに移ったわけだが、いつまで経っても央次君の声が聞こえてこない。箸を並べるだけなのに、いくらなんでも遅すぎる。親父は変わらず自分の仕事をしているため、止む無く様子を見に行くことにした。

「央士くん、どない……」

俺は息を呑んだ。

箸を並べると聞くと、皆様はどう解釈するだろうか。本来なら、お客様が座る位置を想定して、人数分の箸を置けばいいだけのことである。しかし、この少年ときたら、一本一本、箸先を中央の網に向かって輪を描くように並べているではないか。全ての箸が、まるでふぐのてっさのように網を囲んでいる。すごい、正直、見惚れるほど綺麗なシンメトリーを保っていて、芸術としては最高の腕前を持っているのかもしれないが、残念なことに、俺が評価したいのはそういうところではない。

「央士くん」

「はい」

「これはなに?」

「箸並べました」

「そうやね、なんでこうやって並べたんかな」

「汚いですか?」

「そういうことちゃうねん」

いかん、央士くんの天然から炸裂した見事なボケについ突っ込んでしまった。関西人はこういうところでお笑いに走りたがる。そして得てして、滑って恥をかくのである。だが幸いにも今は俺たちの漫才を審議するオーディエンスはいない。

「あのな、箸を日本でワンセット、これで一膳って言うねん。これを人数分並べてほしかったんやけど、ちょっとわからんかったか。例えば、このテーブルは4人席やから、4膳置けばOKやね」

「ちょっとなに言ってるかよくわかんないです」

「なんでやねん」

どこかで聞いたことのあるやりとりだが、予想以上に手強い少年が来てしまった。学校で問題児だと言われる所以が何となくわかってきたような気がするぜ。

「お前の教え方が悪いんちゃうかー」

厨房から親父の無責任な声が聞こえてくるが、イライラするので無視だ。開店まで時間がない。とにかく、ここからはマジモードで相手をしなければ、お客さんに迷惑をかけることとなるし、いかんせんめんどくさい。ああ、めんどくさい。めんどくさいぞ。

変わらぬ日常に刺激がほしいことは確かだが、こんな刺激なぞ以ての外だ。アニメや映画のような、もっと壮大な展開を俺は所望するぞ。なぁ、神様よ。

開店まであと少し。

俺の願いなど聞き入れられることもなく、新人教育には、更なる試練が待ち受けていた。

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