Web小説「焼肉王子」〜第一話「王宍やけるという男」〜




これほど自分の運命を恨んだことはない。もしも生まれた瞬間から、自分の生きる道を選べる力があるとしたら、間違いなく俺は、焼肉屋の一人息子という油にまみれた選択はしなかっただろう。

初めに言っておくが、俺は決して、焼肉という文化が嫌いなわけではない。問題は、俺が焼肉屋を嫌いになるに至った環境だ。

幼い頃からホールに立たされ、有無を言わさず手伝わされた焼肉業。大人たちとの過度な接触、染みつく匂い、割りに合わない小遣いの少なさ(これが一番腹が立つ)とにかく良いことが何一つなかった。

小学生の頃は「焼肉小僧」と虐められ、中学は人間関係が何一つうまくいかず登校拒否を行使。高校はそこそこの気力で普通に過ごし、大学へ入学することもなかった。もちろん、俺に進路を決める余地はない。後を継がせるべく、現在は親父の指示のもと、焼肉屋で働かされ続けている。

俺の人間嫌いに拍車がかかったのは、100%「焼肉王子」という店の息子として生まれたからだ。

親父の「王宍もえる(おうにくもえる)」は血気盛んな男だ。俺が生まれる前から夢だった焼肉屋開店の悲願を見事達成し、晴れて誕生したのが「焼肉王子」という店だった。兵庫県は神戸市垂水区にある「塩屋」という静かな街で、その店は経営されている。

ちなみに、関西の話しなのになぜ喋り口調が標準語なのかと疑問に思う者もいるだろうが、これは小説で言うところの、状況説明が多いからである。方言で説明されても分かったもんじゃない。

話を戻そう。

肉を焼く炎が如く、情熱だけで夢を叶えた親父もすごいと思う。が、そんな自分勝手な親父を支え続けた母親「王宍美野(おうにくみの)」の寛容な生き様にはA5ランクの敬意を評したい。俺が女であっても、間違いなく親父のような男を選ぶことはないと断言できる。

ちなみに、俺の名前は「王宍やける(おうにくやける)」だ。

「肉が焼ける」にかけて命名された不名誉極まりない名前だが、つけられたものは仕方がない。いつかこの身が死に絶える時まで、この名を背負って生きていくしかないのだ。

高校時代と同じく、可もなく不可もない気力で焼肉屋で働き続けていた。めんどくさい。俺は一体何がしたいのだろう。何度もそういった考えが頭の中を行ったり来たりしているが、気がつけばいつも朝を迎えている。難しいことを考えると眠くなるのは、幼い頃から変わらない。

俺の1日は、朝の目覚まし時計によってそこそこのストレスからスタートする。

ベッドから起き上がり自分の部屋から出ると、階段を降りて食卓へ向かう。食卓に入ってまず目に飛び込んでくるのは、母が用意した朝食と、向かいに座って新聞を読んでいる親父の姿だ。

テレビから聞こえてくるのは、嘘か本当かわからない情報を馬鹿正直に読み上げるアナウンサーの声。今日は白いマントを羽織った妙なコスチュームをした変質者の話題を取り上げている。いよいよ世も末だ。

基本的に、我が家族に朝の会話はない。皆、各々の目的を粛々とこなしてゆき、各々の持ち場へと向かっていく。親父と俺の行く場所はもう決まっている。もちろん「焼肉王子」だ。

最寄駅「JR塩屋」から街へ向かう途中に存在する「塩屋商店街」この一角に焼肉店がある。

「やける!はよ塩タン持っていかんかい!」

細長の間取りの奥には厨房があり、そこから親父の声がデカデカと店内に響き渡る。店はさほど広くはないが、昼と夜には近所の常連客がひっきりなしに押し寄せてくる。地元に愛され成功している、まぁそんな感じの焼肉店だ。

「あいよ」

限りなくやる気がゼロな俺は、限りなくやる気のない返事を返す。だが皮肉なことに、どれだけ不真面目に働いていたとしても、長く勤めれば勤めるほど、肉についての知識は年々インプットされ続けている。肉を運び、網を替え、そしてまた肉を運ぶ。定休日以外のルーティーンがそこにあった。

「明日から一人増えるぞ」

厨房で肉をトリミングしながら、親父が不意に言葉を放つ。こいつは男の癖に主語がないのか。俺は目を合わせることなく、下げてきた皿をシンクに置きながら答えた。

「何が?」

「バイトや、お前が指導したってくれ」

相変わらず言葉の足りない親父だ。しかもなんだ?アルバイトが入る?そんなこと聞いちゃいないぞ。ちなみに、こんなやりとりは日常茶飯事であり、俺の心も次第に慣れていってしまった。

バイトが入ることになんら問題はない。むしろ自分の仕事が減って好都合だ。ただ一つだけ、俺には聞き捨てならない言葉があった。新人指導?いったい誰にそんなことを頼んでいるのだろうか。

「そんなもん俺にできるわけないやろ」

「できんでもやってもらわなあかん。お前もいずれここの店長になるんやからな」

「別になるなんて言うてへんで」

「ほな他に何をやるっちゅうねん」

お互いが自分の作業を進めながら、やや棘のある言葉をぶつけ合う。俺もいい歳だ(といってもまだ32だが)そろそろ自分で意思決定ができる権利がある。自由意志だ。俺は自由意志を行使するぞ。

「……」

だが、人間は思っていてもなかなか口に出せないものである。というより、俺には自分が何をやりたいのかわからなかったんだ。思えば、俺は自分の意見をしっかり相手に伝えたことはあったのだろうか?

いや、ない。これまでずっと、人の決めたルールに従ってきただけだ。

いつから考えることをやめたのだろう。時折、そんなことを考えては、既に答えを得ることを諦めていたことに気づき、また考えることをやめる。いつもその繰り返しだ。

肉の焼ける音。皿を洗う音。様々な環境音が不協和音のように聴こえてくる。

自分のことよりも、今は肉のことの方がよく知っている。そんな現実に嫌気がさしながらも、今日も俺は、昼から晩まで油にまみれるのである。

Web小説「焼肉王子」〜プロローグ〜

2021年4月29日

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